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なぜギリシア語とラテン語がこれほどまでに高い地位を得たのか、ということが一番の関心事項になりますが、まずはこれら2言語の基礎的な部分に触れておきましょう。ギリシア語とラテン語は、ともにインド・ヨーロッパ語族に属する言語です。 tel: 03-5841-3855 fax: 03-5841-3856. 英語やドイツ語は学年が上がってからになります。 高校生になると、理数科系に進む子はラテン語から理数系の科目へ変更になります。文系に進む子はそのままラテン語を継続することができ、そしてその授業はギリシャ語とも連動されていきます。
ラテン語が広まる過程でギリシア語から多くの語彙を取り入れ、学問・思想などの活動にも使用されるようになった。 ただしラテン語が支配的な地域はローマ帝国の西半分に限られ、東半分はギリシャ語が優勢な地域となっていた。
西洋古典学は、古代ギリシャ語ならびにラテン語でしるされたあらゆる文献資料をあつかう。決して狭義の「文学」に対象を限るわけではない。そこで、今日、こうした文献を対象とする学問ならば他にもあるではないか、それらとは異なる西洋古典学の特色は何であるのか、とあらためて問うとなれば、その精髄は、文献学、別名、本文校訂に求められよう。これはテクストを緻密に読み、かつ他の諸テクストのありようとも比較検討して、いっそう正確な校訂を施す知的な作業である。付言するとギリシャ・ローマの作品の写本は、一部例外はあるものの、もっとも古いものでも紀元後1000年をさほど遡らない。つまりオリジナルと写本の間には、じつに様々な誤写・誤った改訂や、善意による混乱が潜んでいるのである。「学」としての西洋古典学の始まりは、ヘレニズム期のアレクサンドリアに求められる。そしてうんと端折ったいい方になるが、古典古代の書物に取り組んだ一大ムーブメントがルネサンスであった。ちなみに「人文主義」「人文科学」と訳されていることば(たとえば英語の humanism や humanities)は、神学ではない人間の学を意味し、元来それは古典研究であり、古典のテクストの正しい復元と同義であった。以後、古典学は脈々として今日まで続いている。本研究室ではルネサンス期以降の学者が著した古典研究もまた、研究の対象に含めている。文学部に西洋古典学専修課程が設けられたのは、1963年の改革に伴ってのことである。ただしいうまでもないが古典語の教育は帝国大学の開始に遡るし、新制大学にあっても発足時から、大学院人文科学系研究科に西洋古典学専門課程が設置されていた。西洋古典学が対象とする分野の広さに比べ、専任教員が2名と余りに少ないけれども、非常勤講師の協力をえながら、ギリシャ語/ラテン語双方の、韻文/散文作品のそれぞれが、各年度ごとにもれることのないように、講義・演習科目は工夫されている。それとともに2~3年のあいだに、なんとか厖大な古典の全容に対しておおまかな見通しがたつように、プログラムは成り立っている。自分が読みたい本を自分が読みたいやり方で読むのではなく、書物に耳を傾けて、たいまつの火をリレーするがごとく、謙虚に本の命を次世代に託す、このことこそ西洋古典学の真髄かもしれない。ギリシャ・ローマは現代文明の淵源である、というはやさしい。もしそれに本気で取り組むのならば、ギリシャ語・ラテン語を正確に知ることが要求される。いかなる言語でもその修得は決してたやすくはないが、ギリシャ語・ラテン語はやはり相当に骨の折れる言語であると思う。しかしこれこそ古典の古典たる所以といえようが、ギリシャ・ローマに記された書物は、ことばに信を置き、精緻な技法を駆使した表現力をもっている。それゆえことばを知れば知るほど、着実に対象に近づいていける。そこで学部・大学院を通じてまず訓練されるべきは、歴史的な枠組みを最大限意識しての読解である。 死語となった言語はこの世から完全に消滅するのでしょうか。実はそうではありません。日常的に会話に用いられていない死語のなかにも、文章語として使い続けられるものがあります。文章語とは、文字によって書かれる言語の体系を指します。一方、日常会話など会話で用いられる言語の体系のことを「口語」と呼びます。口語として使われなくなった言語でも、文章語として使い続けられる例はたくさんあります。そして、特に優れた文明で使われていた言語は、口語としての地位を失っても、権威のある文章語として使い続けられる例は世界にも多く見られます。日本においては、「漢文」がそれにあたります。漢文は古代の中国語を文章化したもので、現在漢文で会話する人はいません。しかし、歴史的に中国、日本、朝鮮、ベトナムなどの漢字文化圏では、古代中国語である漢文が文章語として使われていました。また、仏教の経典の言語であるサンスクリットもまた、現在話者はほとんどおらず、文章語としてのみ用いられます。ヨーロッパやアメリカへ行くと、社会の上層部ではギリシア語とラテン語が教養として重視されていることがわかります。英語偏重的な教育が行われている日本ですが、ギリシア語とラテン語にも目を向けなければ、本当に欧米の文化を理解したとは言えないでしょう。さらに、私たち自身の文明の根源には、漢文とサンスクリットという古典語が存在します。これらの古代にも平等に関心を持つことが、真の意味で教養を涵養することに繋がるのではないかと思います。一方、ギリシア語は現在でもギリシア語として話され続けています。しかし、現在ギリシア人が話すギリシア語と、プラトンの時代のギリシア語はかなり異なっています。そのため、現在のギリシア語を「現代ギリシア語、プラトン時代のギリシア語を「古代ギリシア語」と呼び分けています。これまでこちらのブログでは、さまざまな言語について解説してきました。英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、スペイン語、ポルトガル語、日本語、琉球語といった言語を取り上げましたね。これらは基本的に、今現在この地上に話者(その言語を話す人)が存在している言語です。このような話者数が健在の言語のことを「現代語」と呼ぶことがあります。一方、言語は常々変化を続けており、最終的にはその言語の話者がいなくなってしまうことにより、「死語」となります。なぜギリシア語とラテン語がこれほどまでに高い地位を得たのか、ということが一番の関心事項になりますが、まずはこれら2言語の基礎的な部分に触れておきましょう。ギリシア語とラテン語は、ともにインド・ヨーロッパ語族に属する言語です。しかし、2言語はインド・ヨーロッパ語族のなかでは遠い関係にあります。まず、ギリシア語はインド・ヨーロッパ語族のなかでヘレニック語派(ギリシア語派)に含まれています。ヘレニック語派はギリシア語のみから成る独立した語派です。そのため、ギリシア語はヨーロッパの言語のなかでも独自の特徴を持っていると言えるでしょう。一方、ラテン語はインド・ヨーロッパ語族イタリック語派に属しています。イタリック語派にはかつてラテン語と並び、オスク語、ウンブリア語、ファリスク語といった言語が含まれていましたが、ラテン語と同じくこれらは死後とっています。しかし、現在イタリック語派にはフランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ルーマニア語といったいわゆるロマンス諸語も含まれています。詳細は後述しますが、ロマンス語諸語はすべてラテン語から派生した言語なのです。ギリシア語とラテン語は、ともにヨーロッパにおいて歴史的にもっとも重要な言語として扱われてきました。なぜなら、ギリシア語を用いた古代ギリシア文明とラテン語を用いた古代ローマ文明は、ヨーロッパの文明の始原にもなっているからです。古代ギリシア主に紀元前に栄えた文明であり、哲学や文学、建築など現代につながるさまざまな学術を発展させました。ソクラテス、プラトン、アリストテレスなど学問の起源となった哲学者は、みなギリシアで誕生しています。彼らの哲学書はすべて古代ギリシア語で書かれたため、哲学を学ぶためにはギリシア語の語学力は不可欠です。古代ギリシアは、イタリア半島に栄えた古代ローマに占領され、これ以降5世紀ごろまで続く古代ローマ文明が栄えました。古代ローマは古代ギリシアの遺構を引き継いでさらに発展させ、さまざまな分野で成果を挙げましたが、特に法学や弁論術、政治といった実用的な分野の功績で知られています。ローマ法学は古代ローマの成果のなかでももっとも重要な部分です。古代ローマでは十二表法などの法律が整備され、ローマ法が確立されました。ローマ法は後に中世ヨーロッパで用いられるようになり、現在のフランス法やドイツ法はローマを基礎として作られました。現代日本法はドイツ法とフランス法を基に作られたので、これらの法律を通じてローマ法の要素を受け継いでいます。特に民法などにローマ法の影響が顕著に見られます。このように、古代ギリシア・古代ローマ文明の遺構はヨーロッパに引き継がれ、ヨーロッパを通じて日本を含む世界中に広がりました。まさにそのため、ギリシア語とラテン語はヨーロッパのみならず世界的に重要な言語となったのです。旧ローマ帝国領に住んでいた人々はラテン語で話していましたが、彼らの話すラテン語には次第に地域差が生まれ、ついに独立した言語と言えるほど差異が広がっていきました。このようにしてラテン語から派生した言語が、ロマンス諸語と呼ばれるフランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ルーマニア語です。このように、ラテン語自体は死語となったものの、その末裔の言語は現在でも広く話されています。フランス人やイタリア人からすると、ラテン語の文章は我々にとっての古文のようなものなのでしょう。上記のような権威のある文章語は、「古典語」と呼ばれることがあります。「古典語」は「現代語」に対する表現として大学などでよく用いられる用語です。世界におけるもっとも代表的な古典語として挙げられるのは、ギリシア語とラテン語です。これらの言語は、ヨーロッパ文化においてもっとも重要な古典語として知られています。そして、植民地時代を経てヨーロッパ文明が世界中に広まると、世界的な古典語として知られるようになりました。ヨーロッパにおいては、古典語のみならず。現代語を含めたあらゆる言語のなかで、もっとも高い位置を占めているのがギリシア語とラテン語です。というわけで、本日はギリシア語とラテン語について書いていきたいと思います。現在、ギリシア語とラテン語は以前と変わらず、教育などの現場では重要な言語とされています。ドイツ、フランス、イギリス、アメリカといった欧米の主要な国家では、ギリシア語とラテン語は高校や大学で学ぶ言語の1つです。ギリシア哲学やローマ法は欧米の文明の中心を占めているので当然ですが、欧米のエリート層においてはこれらの知識は必須です。教育の場のみならず、学問全体においてギリシア語とラテン語は独特の役割を担っています。生物の分類学においては、リンネによって二名法が提唱され、「属名+種小名」という2つの名称を組み合わせることで「学名」を付けることになっています。さらに、生物の学名はラテン語もしくはギリシア語で制定しなければなりません。ただ実際には、ギリシア語よりもラテン語で学名を付けることが多くなっています。例えば、「ヒト」の学名は「Homo sapiens(ホモー・サピエーンス)」で、「Homo」はラテン語で「人間」を意味する名詞で、「Sapiens」は「賢い」を意味する形容詞です。また、学問の世界ではかつて論文はラテン語で書くことになっていました。そのため、イギリス、フランス、ドイツなどヨーロッパ諸国の大学では、共通語としてラテン語で話す人もいたようです。パリの中心地に「カルチェ・ラタンQuartier latin」というエリアがあります。これはフランス語で「ラテン語地区」を意味し、パリ大学が位置するこの地域では人々がラテン語を話していたことから名づけられました。
なぜギリシア語とラテン語がこれほどまでに高い地位を得たのか、ということが一番の関心事項になりますが、まずはこれら2言語の基礎的な部分に触れておきましょう。ギリシア語とラテン語は、ともにインド・ヨーロッパ語族に属する言語です。 tel: 03-5841-3855 fax: 03-5841-3856. 英語やドイツ語は学年が上がってからになります。 高校生になると、理数科系に進む子はラテン語から理数系の科目へ変更になります。文系に進む子はそのままラテン語を継続することができ、そしてその授業はギリシャ語とも連動されていきます。
ラテン語が広まる過程でギリシア語から多くの語彙を取り入れ、学問・思想などの活動にも使用されるようになった。 ただしラテン語が支配的な地域はローマ帝国の西半分に限られ、東半分はギリシャ語が優勢な地域となっていた。
西洋古典学は、古代ギリシャ語ならびにラテン語でしるされたあらゆる文献資料をあつかう。決して狭義の「文学」に対象を限るわけではない。そこで、今日、こうした文献を対象とする学問ならば他にもあるではないか、それらとは異なる西洋古典学の特色は何であるのか、とあらためて問うとなれば、その精髄は、文献学、別名、本文校訂に求められよう。これはテクストを緻密に読み、かつ他の諸テクストのありようとも比較検討して、いっそう正確な校訂を施す知的な作業である。付言するとギリシャ・ローマの作品の写本は、一部例外はあるものの、もっとも古いものでも紀元後1000年をさほど遡らない。つまりオリジナルと写本の間には、じつに様々な誤写・誤った改訂や、善意による混乱が潜んでいるのである。「学」としての西洋古典学の始まりは、ヘレニズム期のアレクサンドリアに求められる。そしてうんと端折ったいい方になるが、古典古代の書物に取り組んだ一大ムーブメントがルネサンスであった。ちなみに「人文主義」「人文科学」と訳されていることば(たとえば英語の humanism や humanities)は、神学ではない人間の学を意味し、元来それは古典研究であり、古典のテクストの正しい復元と同義であった。以後、古典学は脈々として今日まで続いている。本研究室ではルネサンス期以降の学者が著した古典研究もまた、研究の対象に含めている。文学部に西洋古典学専修課程が設けられたのは、1963年の改革に伴ってのことである。ただしいうまでもないが古典語の教育は帝国大学の開始に遡るし、新制大学にあっても発足時から、大学院人文科学系研究科に西洋古典学専門課程が設置されていた。西洋古典学が対象とする分野の広さに比べ、専任教員が2名と余りに少ないけれども、非常勤講師の協力をえながら、ギリシャ語/ラテン語双方の、韻文/散文作品のそれぞれが、各年度ごとにもれることのないように、講義・演習科目は工夫されている。それとともに2~3年のあいだに、なんとか厖大な古典の全容に対しておおまかな見通しがたつように、プログラムは成り立っている。自分が読みたい本を自分が読みたいやり方で読むのではなく、書物に耳を傾けて、たいまつの火をリレーするがごとく、謙虚に本の命を次世代に託す、このことこそ西洋古典学の真髄かもしれない。ギリシャ・ローマは現代文明の淵源である、というはやさしい。もしそれに本気で取り組むのならば、ギリシャ語・ラテン語を正確に知ることが要求される。いかなる言語でもその修得は決してたやすくはないが、ギリシャ語・ラテン語はやはり相当に骨の折れる言語であると思う。しかしこれこそ古典の古典たる所以といえようが、ギリシャ・ローマに記された書物は、ことばに信を置き、精緻な技法を駆使した表現力をもっている。それゆえことばを知れば知るほど、着実に対象に近づいていける。そこで学部・大学院を通じてまず訓練されるべきは、歴史的な枠組みを最大限意識しての読解である。 死語となった言語はこの世から完全に消滅するのでしょうか。実はそうではありません。日常的に会話に用いられていない死語のなかにも、文章語として使い続けられるものがあります。文章語とは、文字によって書かれる言語の体系を指します。一方、日常会話など会話で用いられる言語の体系のことを「口語」と呼びます。口語として使われなくなった言語でも、文章語として使い続けられる例はたくさんあります。そして、特に優れた文明で使われていた言語は、口語としての地位を失っても、権威のある文章語として使い続けられる例は世界にも多く見られます。日本においては、「漢文」がそれにあたります。漢文は古代の中国語を文章化したもので、現在漢文で会話する人はいません。しかし、歴史的に中国、日本、朝鮮、ベトナムなどの漢字文化圏では、古代中国語である漢文が文章語として使われていました。また、仏教の経典の言語であるサンスクリットもまた、現在話者はほとんどおらず、文章語としてのみ用いられます。ヨーロッパやアメリカへ行くと、社会の上層部ではギリシア語とラテン語が教養として重視されていることがわかります。英語偏重的な教育が行われている日本ですが、ギリシア語とラテン語にも目を向けなければ、本当に欧米の文化を理解したとは言えないでしょう。さらに、私たち自身の文明の根源には、漢文とサンスクリットという古典語が存在します。これらの古代にも平等に関心を持つことが、真の意味で教養を涵養することに繋がるのではないかと思います。一方、ギリシア語は現在でもギリシア語として話され続けています。しかし、現在ギリシア人が話すギリシア語と、プラトンの時代のギリシア語はかなり異なっています。そのため、現在のギリシア語を「現代ギリシア語、プラトン時代のギリシア語を「古代ギリシア語」と呼び分けています。これまでこちらのブログでは、さまざまな言語について解説してきました。英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、スペイン語、ポルトガル語、日本語、琉球語といった言語を取り上げましたね。これらは基本的に、今現在この地上に話者(その言語を話す人)が存在している言語です。このような話者数が健在の言語のことを「現代語」と呼ぶことがあります。一方、言語は常々変化を続けており、最終的にはその言語の話者がいなくなってしまうことにより、「死語」となります。なぜギリシア語とラテン語がこれほどまでに高い地位を得たのか、ということが一番の関心事項になりますが、まずはこれら2言語の基礎的な部分に触れておきましょう。ギリシア語とラテン語は、ともにインド・ヨーロッパ語族に属する言語です。しかし、2言語はインド・ヨーロッパ語族のなかでは遠い関係にあります。まず、ギリシア語はインド・ヨーロッパ語族のなかでヘレニック語派(ギリシア語派)に含まれています。ヘレニック語派はギリシア語のみから成る独立した語派です。そのため、ギリシア語はヨーロッパの言語のなかでも独自の特徴を持っていると言えるでしょう。一方、ラテン語はインド・ヨーロッパ語族イタリック語派に属しています。イタリック語派にはかつてラテン語と並び、オスク語、ウンブリア語、ファリスク語といった言語が含まれていましたが、ラテン語と同じくこれらは死後とっています。しかし、現在イタリック語派にはフランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ルーマニア語といったいわゆるロマンス諸語も含まれています。詳細は後述しますが、ロマンス語諸語はすべてラテン語から派生した言語なのです。ギリシア語とラテン語は、ともにヨーロッパにおいて歴史的にもっとも重要な言語として扱われてきました。なぜなら、ギリシア語を用いた古代ギリシア文明とラテン語を用いた古代ローマ文明は、ヨーロッパの文明の始原にもなっているからです。古代ギリシア主に紀元前に栄えた文明であり、哲学や文学、建築など現代につながるさまざまな学術を発展させました。ソクラテス、プラトン、アリストテレスなど学問の起源となった哲学者は、みなギリシアで誕生しています。彼らの哲学書はすべて古代ギリシア語で書かれたため、哲学を学ぶためにはギリシア語の語学力は不可欠です。古代ギリシアは、イタリア半島に栄えた古代ローマに占領され、これ以降5世紀ごろまで続く古代ローマ文明が栄えました。古代ローマは古代ギリシアの遺構を引き継いでさらに発展させ、さまざまな分野で成果を挙げましたが、特に法学や弁論術、政治といった実用的な分野の功績で知られています。ローマ法学は古代ローマの成果のなかでももっとも重要な部分です。古代ローマでは十二表法などの法律が整備され、ローマ法が確立されました。ローマ法は後に中世ヨーロッパで用いられるようになり、現在のフランス法やドイツ法はローマを基礎として作られました。現代日本法はドイツ法とフランス法を基に作られたので、これらの法律を通じてローマ法の要素を受け継いでいます。特に民法などにローマ法の影響が顕著に見られます。このように、古代ギリシア・古代ローマ文明の遺構はヨーロッパに引き継がれ、ヨーロッパを通じて日本を含む世界中に広がりました。まさにそのため、ギリシア語とラテン語はヨーロッパのみならず世界的に重要な言語となったのです。旧ローマ帝国領に住んでいた人々はラテン語で話していましたが、彼らの話すラテン語には次第に地域差が生まれ、ついに独立した言語と言えるほど差異が広がっていきました。このようにしてラテン語から派生した言語が、ロマンス諸語と呼ばれるフランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ルーマニア語です。このように、ラテン語自体は死語となったものの、その末裔の言語は現在でも広く話されています。フランス人やイタリア人からすると、ラテン語の文章は我々にとっての古文のようなものなのでしょう。上記のような権威のある文章語は、「古典語」と呼ばれることがあります。「古典語」は「現代語」に対する表現として大学などでよく用いられる用語です。世界におけるもっとも代表的な古典語として挙げられるのは、ギリシア語とラテン語です。これらの言語は、ヨーロッパ文化においてもっとも重要な古典語として知られています。そして、植民地時代を経てヨーロッパ文明が世界中に広まると、世界的な古典語として知られるようになりました。ヨーロッパにおいては、古典語のみならず。現代語を含めたあらゆる言語のなかで、もっとも高い位置を占めているのがギリシア語とラテン語です。というわけで、本日はギリシア語とラテン語について書いていきたいと思います。現在、ギリシア語とラテン語は以前と変わらず、教育などの現場では重要な言語とされています。ドイツ、フランス、イギリス、アメリカといった欧米の主要な国家では、ギリシア語とラテン語は高校や大学で学ぶ言語の1つです。ギリシア哲学やローマ法は欧米の文明の中心を占めているので当然ですが、欧米のエリート層においてはこれらの知識は必須です。教育の場のみならず、学問全体においてギリシア語とラテン語は独特の役割を担っています。生物の分類学においては、リンネによって二名法が提唱され、「属名+種小名」という2つの名称を組み合わせることで「学名」を付けることになっています。さらに、生物の学名はラテン語もしくはギリシア語で制定しなければなりません。ただ実際には、ギリシア語よりもラテン語で学名を付けることが多くなっています。例えば、「ヒト」の学名は「Homo sapiens(ホモー・サピエーンス)」で、「Homo」はラテン語で「人間」を意味する名詞で、「Sapiens」は「賢い」を意味する形容詞です。また、学問の世界ではかつて論文はラテン語で書くことになっていました。そのため、イギリス、フランス、ドイツなどヨーロッパ諸国の大学では、共通語としてラテン語で話す人もいたようです。パリの中心地に「カルチェ・ラタンQuartier latin」というエリアがあります。これはフランス語で「ラテン語地区」を意味し、パリ大学が位置するこの地域では人々がラテン語を話していたことから名づけられました。